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2007年10月

初級シスアドを受験してみて

今日は、情報処理技術者試験があって、私はその中の初級システムアドミニストレータ(AD)の試験を受けにいきました。

午前はマークシートで4択をぬりつぶすのに没頭してました。

高校、予備校であった模試を思い出しましたよ。近くばっか見てるからすっごい目に負担かかるんですね。それに終わったあとのなんともいえない嫌な疲労感。そんな疲れの中一緒に帰る彼女が欲しいと何度も思いましたが、その願いはまだかなえられていないです。

午後の試験なんて、2時間半休憩なし(退室はできるけど)なもんだから、集中力が切れる切れる♪高校の国語以上に文章を読んだ気がします。

問題を解くことよりも、

                  早く終わらないかな・・・

正直そんな気持ちでした。それぐらい試験時間が長く、疲れを感じてしまったんです。

必死こいて勉強してたわけでもなくむしろスキマでちょびちょびだったから、シスアドに賭けて勉強したような人には悪いですが、受かっていれば時間の使い方がよかったかな~とは思います。

受験してみて思ったことは、情報処理系の勉強が、いいかもって改めて思いました。模試よりは解くこと自体にやりがいはあるますかな。疲れるには疲れましたが。

発表はほぼ一ヶ月後、その時が来たら報告します。

結果のページです→     情報処理資格の結果報告

参考までに私がシスアド対策に使った本です↓

らくらく初級シスアド図解教本 

過去問CD付 初級シスアドスーパー合格本過去問題集

-2007年秋の受験に私は2006年度版を読んでいましたが、なるべく最新のをおすすめします。

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賭けと称したいじめ正当化

賭けと称して何かさせようってのは普通に物取ったり嫌がらせするよりよっぽど質が悪いね。それは賭けとすることで相手に与える不利益をルールに基づいてやったもの、両者の間に合意があったもののように見せることができるからだ。

恐怖心煽って自分たちが勝てるゲームをふっかけてくるんだからね。

例えば中学生のころの話だが、野球で実力に差があるのはミエミエなのに、”エラーの少ない方がエラーの多い奴を殴る”という賭けをするとかね。ちょっとでも勝てるかもと思わせるように仕向けるのがいやらしい。

よく中学生の段階でそんなことが考えられるよ。しかも相手の言い分は”追い詰めることでお前を上手くさせるために俺らが愛情を・・・”といった感じだ。

人をバカにするのもいいかげんにしろ!!

”自分は命を賭けるからお前も賭けろ”というような言い分も、お前一人で勝手に賭けてろって感じで、何が何でも相手にしないことだ。たとえ”賭けなきゃ男らしくない”とかそういう脅しを相手がふっかけてきたとしても。

まぁとにかくいじめようという意図を隠すのに賭けは絶好の道具だから、何が何でも賭けは断っておくのが絶対に良いとしか言いようがない。

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”「コミュニケーション力」がない”という理由付けでの嫌がらせ

コミュニケーション力って最近就職とかで企業が求めるものとしてよく使われる言葉だけど、その基準とか内容ってどんなものなのだろうね?俺は未だによくわからないし、そんな若いうちにわかり切れるものでもないとも思っている。

当時の俺はわかりきれるものではないとは思ってもおらず、もう持っていなければならないのかな?なんて思っていたから考えてもわからなくて、よく攻められていたよ。

”「コミュニケーション力」がないから話すのが嫌”、”つまんない、消えて”など言われ放題だった。つかコミュニケーション力とかいう理由づけは大学に入ってからで初めてだwさすが就職を意識しているだけのことはあるわww

話せない奴にはマニュアル作ろうかというバカげた意見もでていたくらいだったしね。たぶん話し方の理論とかじゃなくて機会的にこう言えみたいなマニュアルだろうからバカげていると思うよ。俺なんてマニュアルどころか、コミュ力ないからって、新入生入れなきゃならん時期に、新入生と会わせないようにされたり、話させないようにされたもんだよ。

そういうストレスで、一晩頭が痛かったり、授業が耳に入らず集中力が出ず上の空、それに物忘れも起こったよ。本に書いてあった症状だけど、実際になるもんなんだね。

本人の意志ではすぐには変えれない、しかも基準が曖昧なもので攻めて来られるのはなかなかきついものがあるよ。

お前らにどう思われようが関係ないが、嫌なものは嫌だという毅然とした態度が必要だったね。まぁそれがすぐにできれば苦労はしなかったが、毅然とした態度は今後もすごく重要だって感じてる。

仮にも自分たちはコミュニケーション力がありますよ的な気でいるならオブラートに包むなり、嫌な気持ちにならないよう帰すくらいしたらどうだってんだ!!

説得力のないほぼ誹謗・中傷の様な言葉を真に受けていたのがホント、アホらしいわ。今になってみればこそああいうのは無視していいし、軽くキレたり、言い返すなりすべきものと思えるが。

コミュニケーション力がどうのこうのと嫌がらせになってきたら下手に聞いちゃいけないね。

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抵抗しなかったらいじめはこうなった。

せっかく部活でいじめられたわけだから、体験談を語ってしまおうと思うんだけど、もっとも後悔すべきは抵抗しなかったことだね。ま、いじめってそれができない心理状態に追い込むことでもあるけどね。

最初は暴言吐かれても「ハハ・・・」て感じで流していたけど、だんだんと明らかに嫌がらせの仕事を押し付けられたり、大勢の前で恥をかかされたりしていったね。

抵抗しなかったらエスカレートしていって、終いには命が危ないと思ったね。居る意味を奪いにきてたし、何か理由をつけて金を巻き上げられそうな雰囲気になってたし。車でぶつかられても「アハハww間違った~」とでも言わんばかりの雰囲気だったし。ウィスキー飲むのを強要されたし。パワハラ、アルハラされ放題。こういったことがいやそれ以上がこの先2年以上も続くと思うと・・・無理だろ。

それでも「辞めろ」とは言わないんだよね。ホント計算されてるね。プロだね、いじめの。俺も俺だったけど相手が悪すぎたってのもある思う。だから今は自分自身は責めていないよ。自分自身責めると本当に健康に悪いから。今後いじめられたと思ったら、絶対メモだけはしておこう。

今も思うとあのころの俺は抵抗するとさらにいじめがひどくなるという恐怖心からおとなしく我慢して嵐が過ぎるのを待つという姿勢だった。だがおとなしくしているからといっていじめがエスカレートしない保証はどこにもない!むしろ俺の場合はエスカレートした。

”こいつには何を言っても何をやっても大丈夫だ”と思われるとどんどんエスカレートするというのは本当だ。実際にエスカレートしていったし。

今思うと相手に”~やれ!”と命令されてシュンとしたように”わかったよ・・・”と言っていたのが相手を喜ばせていたのかもしれない。

下手に抵抗しないことが良いことかのように、今まで過ごしてきた学校の雰囲気、日本史での事例から勝手に思いこまさってたのだと思う。戦後の思想のミニチュア版とか人格のパワーを失ってしまっているとかいう言い方もあるが、抵抗しないのが善みたいな考えを払拭していきたい。

相手にされたことを言いふらす、自分を奮い立たせふりでもいいからキレるといった工夫は今後絶対にしていかなければ、身につけなければならないと思うね。命に関わるから。

具体的に細かなことはこの先思い出せるだけ書いていくつもりである。

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